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NTT社内報-3月号に弊社のマーケティングが特集されました

掲載日:2018年2月10日/NTT社内報-3月号/掲載:36-40ページ

中央大学ビジネススクールの田中 洋教授に取材して頂きました。



NTT東日本BUSINESS 3月号 815号 平成30年3月1日発行 毎月1回発行


第199回 他企業に学ぶ“マーケティング成功のカギ”

ワークスタイルを売る
~売り方を訪問営業型から来社体験型に転換~
株式会社石井事務機センター 今回のKFS
◎時代変化への対応
◎新しい働き方の創造
◎理念ベースの経営

会社概要
会社名:株式会社石井事務機センター
設立:1911年(明治44年)11月15日
資本金:5,300万円
従業員:26名


石井事務機センターは岡山県岡山市にある従業員約30名の事務機販売業である。

同社は中小企業庁が後援する2017年の「ブランディング事例コンテスト」で表彰を受けた。
また、日経MOOK『実践!テレワークで働き方改革』(2018年1月発行)でも同社の取り組み事例が紹介されるほどである。
これらのことも一因であろう。
「働き方改革」が注目されるこの時代に、全国の自治体からの見学者が絶えない。
なぜ、小さな地域企業が注目されるのだろうか。
それは、企業であれば必ず訪れる危機を乗り越えて、自社のミッションを再確認し、新しいビジネスモデルとブランドとを確立する革新をやり遂げたからである。
そこにはどのような考え方と努力があったのだろうか。


歴史

株式会社石井事務機センター(以下、石井事務機センターと略)は2017年で創業106年という歴史を誇っている。
明治が終わろうとする1911年に現社長の曾祖父が岡山県岡山市の地で創業し、当時石井弘文堂と称していた。
もともと事務用品の店であり、筆墨、鉛筆、万年筆、紙などを扱っていた。

創業者は商売上手で、当時貴重だった紙切れを集めて、裁断し、自家製のノートをつくって販売していたと伝えられている。
社員は100名を抱えるまでに成長を遂げていたが、第2次大戦中に岡山の市内も空襲で焼け野原になり、店舗は失われてしまった。
その上、戦後のハイパーインフレで蓄えた資産の貨幣価値がなくなるという事態にも遭遇した。

終戦の翌年(1946年)に創業者が亡くなり、長男であった二代目社長が後を継いだ。
あちこちに闇市が立つ中、リヤカーを引っ張って踏ん張り、第二創業期を迎えた。
石井事務機センターに改名したのも二代目社長の時代であった。

高度成長期に日本のオフィス事務機は木製からスチール製へと変化する。
三代目社長が入社し社業を引き継いだのは1972年。
先見の明があった三代目は、株式会社岡村製作所やキヤノン株式会社などのメーカーと契約を結び、オフィス家具、オフィス機器を扱うようになった。
それまでBtoCとBtoBを両方手掛けていたのを、BtoB一本に絞ったのである。
業容を伸ばし、官公庁の仕事が半分くらいになった。


しかし市場は変化する。

2003年ごろから通信販売の事務機販売メーカーが市場に登場してきた。
その結果、事務用品の売り上げが下がり、コピー機も成熟商材になってしまった。
官公庁の仕事もそれまでのようには取れなくなり、価格競争の市場になってしまう。

2006年、現在の四代目社長石井聖博(まさひろ)氏がキヤノン勤務から石井事務機センターへ戻る。
聖博氏は同時の自分を「何も分からない状態」だったと語っている。
社長を引き受けるには、まだ心の準備ができていなかったのかもしれない。
最初の2年間は営業として働くものの、そこをリーマンショックが襲う。
売り上げが減ったという実感はあったが、聖博氏にはさほど会社が危機に陥っているという自覚はなかった。

 

聖博氏は2009年、突然社長に呼ばれて衝撃的な事実を告げられる。

「会社はもうダメだ」と。
創業99年目の出来事である。

社長は「会社を畳もうと思う」と言った。
聖博氏の頭の中に去来したのは、家がなくなり、母親が路頭に迷ってしまうのではないかという思いだった。
そうした事態を避けるため、聖博氏は銀行に行って融資を依頼することにした。

2009年に施行される「中小企業金融円滑化法」を当てにしていたのだ。
しかし、銀行が黙って資金を融資してくれるわけもない。
銀行からは当然のごとく、経営計画や将来の展望について聞かれた。
聖博氏は、当時たまたまある研修に参加しており、その課題としてつくった経営計画書を、発表の練習のためにかばんに入れていた。
この計画書の存在が功を奏し、銀行の融資支援を取り付けることができた。
このとき聖博氏は後継者として、実質的な経営の仕事をスタートさせたことになる。2009年11月のことである。

 

その後も資金繰りには苦労した。

2011年8月にどうしてもお金が足らないという事態に陥り、田んぼの真ん中に保有していた倉庫兼社屋をなんとか売却し、資金繰りに成功した。
これを契機に少しずつ自分たちのやりたい事業ができるようになった。

この頃始めたのが「パソコンパトロール」。
中小企業にはITの管理者がいないので、これを代行するというビジネスである。
低コストでITの管理を引き受けることによって、その会社と関係づくりができる。
その結果、新しいIT商材も売れるようになった。

2013年から2014年にかけて石井事務機センターには経営に余裕が生まれるようになった
さらに2013年から取り入れたのは、社員参加型経営計画書の作成である。
社員のモチベーションを高めつつ、未来に向けた取り組みができるようにという思いからだった。

 

本格的立て直しへ

聖博氏が代表取締役に就任したのは2015年
彼が早速取り掛かったのは経営理念のつくり直しである。
そのために勉強会に行き出会ったのが、ブランド専門家の扇野睦巳さん(株式会社ファーストデコ代表)だ。

彼女のアドバイスに基づいて、石井事務機センターの新たな経営方針書をつくり、社内でプランディング活動のためのチームをつくった。
理念を基に「誰に、何を、どのように」を社長・幹部・社員と共に考えるインターナショナルブランディング(社員の意識統一のためのブランド活動)を実践したのである。

しかし、新しい経営理念にたどり着くまでに一同は大いに悩んだ。
それまでの経営理念とは「お客さまと共に、社員と共に、取引先と共に、地域と共に成長発展できる企業をめざしつづけます。」というもの。
間違いではないかもしれないが、本当にこのような理念で良いのだろうか。
新しい経営理念にたどり着いたのには、1つのきっかけがあった。

 

ある女性社員が休職したことである。

「会社に行きたいが行けない」という状況を聞いて、聖博氏たちが思いついたのは、「社員が笑顔で働ける会社をつくる」という理念であった。
もちろんお客さまにとってもこの理念は重要なことである。
働く環境をより良くすること、それを提供する会社が石井事務機センターなのだ。

この「『働く』に笑顔を!」というキャッチコピーに加えて、サブタイトルとして、3つのテーマが加えられた。

(1)仕事のやりがい

(2)プライベートの充実

(3)会社の永続発展

である。

この3つを追及する働き方こそが笑顔につながるのではないかと考えたからである。
こうした理念を通じて、笑顔あふれるワークスタイルを創造して提案することが同社のミッションとなったのである。

 

「来社体験型」への転換

それまでは、売りものと言えば、メーカーから与えられた商材だけだった。
売っている自分たち自身が使ったことがない商材がかりで、それらが良いものかどうかも分かっていない状態だった。
これをより良いワークスタイルに変えていくためには、まず自分たちが変わらなければならなかった。
そこで、商品・サービスを自ら体験してみた。

 

さらに働き方も変えた。

働き方を売るということは大変難しい。
新しい働き方をお客さまに伝えるために、まず自社を見に来てもらい、そこで自社が実践してきたことを体験していただく「来社体験型」を導入した。
石井事務機センターは「売り方」を、それまでの訪問営業型から来社体験型に転換していった。
来社してお客さまは、石井事務機センターが実践している制度も仕組みもここで体験するこができ、社員の口からその体験談が聞ける。
つまり、石井事務機センターは事務機を売るのではなく、「笑顔あふれるワークスタイル」を売ることへと転換を果たしたのだ

旧来の訪問営業型では、新規開拓が重視されてきた。
エリア担当がいるものの具体的な方策は社員任せが一般的だ。
やる人しかやらないのが新規開拓であった。

このような現状に対して新しい施策では、新規開拓は広報やテレアポなどを通じた会社の仕事と発想を変えた。
そのためには石井事務機センターと取引したいと思われる会社のイメージをつくることが必要だった。
オフィスのデザインも来社体験型に合わせて大幅にリニューアルし、ITツールも整えた。
そのオフィスについて、前出の扇野さんからネーミングの提案があった。
それは、「ワークスマイルラボ」、略して「ワクスマ」。
これは、笑顔で働くことを研究する場という意味になる

 

困難な点とは

理念中心の経営に切り替えていく上で困難だったことは、そもそもの働き方をかえていくことだった。
当時はまだ働き方のことが話題になっていなかったことも手伝い、周りは抵抗勢力ばかりだった。
変化を望まない人も多い。

そこを変えるには、まず経営理念を決め、大義名分として掲げなければならない。
またそれを社長が言ったからではなく、みんなで決めたというプロセスが求められる。
結果的にはこうした理念は、大きな共感を得ることができた。

新しい働き方を始める前、オフィスのデスクの上にはモノがいっぱい積んであった。
ごみ箱がないと仕事ができないと主張する社員もいたほどだ。
しかし、そのような働き方でお客さまがまねをしたいと思うだろうか。

オフィスである「ワクスマ」では毎日掃除が行われ、整理整頓が行き届いている。
お客さまが見に来るからである
売り方はどのように変化しただろうか。

「ワクスマ」に来ていただくと、お客さまは「これがほしい」というのではなく、「これがしたい」というようになった。
つまり、社員の働き方そのもの、買った後の価値を見てもらうことで価格競争から脱することができた。
お客さまは石井事務機センターのようなやり方をまねたいと思うようになったのである
実際に「ワクスマ」のオフィスに来てもらうことが「案件化」できる第一歩である。

来店客の3分の1以上から受注することに成功している。
そのためには顧客の経営課題を聞き取り、問題を提起し、提案する必要がある。
例えば最近の話題は「残業対策」。

石井事務機センターでは、テレワークを活用して残業がどれだけ減ったかを実証して見せてくれる。
こうした先進的な取り組みに顧客は大いに惹(ひ)きつけられる。
また近年の人材採用問題はどこでも共通した課題である。
石井事務機センターは、山陽新聞の就職希望ランキングで岡山全県第12位にランクインした

 

図表2 働き方の変化。会社勤務と在宅勤務の違い

写真3 ごみの捨て場も1カ所にして、さらに分別のルールを決めたことにより、ごみの量が半分に

写真4 自社の成功も商品に

写真5 山陽新聞の就職希望ランキングで岡山全県第12位にランクイン

 

全国からの注目

このような石井事務機センターの取り組みについて、全国から月に2~3社の同業者が見学に来る
テレワークについては、地方自治体からの問い合わせが近年多くなっている。

遠くは静岡からも問い合わせが来るほどだ。
これは地方自治体が地元の企業を支援する必要性があるからだ。

同社ではこうしたリクエストに応じて2018年4月以降、セミナーを開催することになっている。
特に在宅ワーク支援の取り組みは2016年11月、総務省の「テレワーク先駆者百選」に選出され、大企業の中で唯一と言っていい地方の中小企業からの受賞となった。
また、2017年7月18日に開催された「働く、を変える日」のテレワーク・デイ・プレイベントにて地方の中小企業から唯一の代表として、石井社長はパネリストを務めた。

このように自社オフィスをショールーム=ライブオフィスに変え、新しい価値をブランド経験として伝えていく方法は革新的であり、地方の中小企業にとって大きな希望となっているのである。

 

写真6 見学者に実施しているアンケート

写真7 テレワーク中

 

Key Factors for Success

◎時代変化への対応


現在どのようにビジネス環境が変化しているかをキャッチして、顧客の新しいニーズあるいは新しい顧客がどこにいるかを理解する。

◎新しい働き方の創造


社員にとってどのような働き方が望ましいのか、それをイメージした上で、新しいビジネスモデルを構想する。

◎理念ベースの経営


社員と共に、どのような企業理念がふさわしいのかを考えて、それを実践する。
社員自身が実践できる理念であることが望ましい。

 

田中 洋/たなか ひろし
中央大学ビジネススクール教授。
日本マーケティング学会会長。
1951年生。
京都大学博士(経済学)。
(株)電通マーケティングディレクター、法政大学経営学部教授、コロンビア大学ビジネススクール客員研究員などを歴任。
社会人ビジネススクールでマーケティング論・ブランド論を講じる。
多くの企業で社員研修や講演を行っている。

近著に、本連載から30篇を収めた『ブランド戦略論』(2017、有斐閣)、『消費者行動論』(2015、中央経済社)、『ブランド戦略全書』(編著、2014、有斐閣)、『マーケティングキーワードベスト50』(2014、ユーキャン)など多数。
日本マーケティング学会ベストペーパー賞、日本広告学会賞、中央大学学術研究奨励賞、白川忍賞を受賞。

会社の入り口にディスプレーされた「ワクスマ」のマークや「『働く』に笑顔を!」というキャッチコピー
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